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欧風カレー ソレイユ

ドライカレー 1,400円

欧風カレー ソレイユ

「欧風カレー ソレイユ」で「ドライカレー(1,400円)」のランチ[麹町] 麹町駅から徒歩5分程度。半蔵門駅と麴町駅をつなぐ道にある人気カレー屋さん。
2階には人気ハンバーガー店の「ハングリーヘブン 麹町店」が入っている。
狭い小道だけど「プティフ・ア・ラ・カンパーニュ」と「ソレイユ」とカレーの人気店が2店舗もある。

ご主人は「オーベルジーヌ四谷店」で7年修行して独立されたそうです。

ランチメニュー

「欧風カレー ソレイユ」で「ドライカレー(1,400円)」のランチ[麹町] 「牛タンカレー」も気になるけど「2,100円」は予算オーバーかな。 「欧風カレー ソレイユ」で「ドライカレー(1,400円)」のランチ[麹町] ドリンク・スイーツのメニュー

テイクアウトメニュー

「欧風カレー ソレイユ」で「ドライカレー(1,400円)」のランチ[麹町] 店内で食べるより「300円」安い。でも、「らっきょう・福神漬け・青しその実」は有料。
テイクアウトは21:00まで行っているそうです。

ディナーメニュー

「欧風カレー ソレイユ」で「ドライカレー(1,400円)」のランチ[麹町] ディナーは「コンフィ」などのフレンチも注文できる。

ドライカレー(1,400円)

「欧風カレー ソレイユ」で「ドライカレー(1,400円)」のランチ[麹町] 「ドライカレー(1,400円)」を注文。まずはサラダがサーブされます。 「欧風カレー ソレイユ」で「ドライカレー(1,400円)」のランチ[麹町] 通常のカレーソースとドライカレーの2種を味わえる。
カレーソースは辛さを選べる。「中辛」でお願いした。 「欧風カレー ソレイユ」で「ドライカレー(1,400円)」のランチ[麹町] ご飯には小さなチーズが混ざっています。
「ドライカレー」は「挽き肉・パプリカ・玉ねぎ」など。「野菜・果物」の甘みが強い。
トマトの酸味も感じられる。濃厚な食材の旨味があります。スパイスも強めに効いてる。

「カレーソース」はドライカレーにも負けない濃厚さ。これでもかと旨味が詰まってます。
その、旨味をスパイスがまとめている。「中辛」でもそこそこ辛い。汗がにじむ。
さすが、カレー専門店。ここでしか食べれないカレーです。価格は高めだけど妥当かな。
ご主人が働いていた「オーベルジーヌ四谷店」にも行ってみたくなる。

卓上

「欧風カレー ソレイユ」で「ドライカレー(1,400円)」のランチ[麹町] 「青しその・福神漬け・実らっきょう」が置いてあります。

店内

「欧風カレー ソレイユ」で「ドライカレー(1,400円)」のランチ[麹町] カウンター・テーブル席があります。11:30入店で先客1名。後客3名。
お弁当を買っていく方もいました。人気店だけに11時台でもお客さんが来ます。
接客も良く気持ちよく食事ができます。今度は「牛タンカレー」かな。

「欧風カレー ソレイユ」店舗情報

おすすめ度 ★★★★★★
店名 欧風カレー ソレイユ
電話番号 03-6261-0184
交通手段 麹町駅・半蔵門駅 徒歩4分
住所 東京都千代田区二番町11-20 グンショウ二番町ビル 1F
営業時間 11:30~15:00(L.O.14:30)
17:30~22:00(L.O.21:30)
定休日 第3土曜日・日曜日・祝日
ホームページ www.soleil-2013.jp
食べログ tabelog.com(口コミ:107件 / 評価:3.61)

半蔵門とは

半蔵門駅(はんぞうもんえき)は、東京都千代田区麹町一丁目にある、東京メトロ半蔵門線の駅。「皇居・国立劇場・最高裁判所」や大使館も多く存在する。 半蔵門の名称については、この門の警固を担当した徳川家の家来服部正成・正就父子の通称「半蔵」に由来するとする説と、山王祭の山車の作り物として作られた象があまりにも大きかったために半分しか入らなかったことに由来するとする説がある。定説は前者であり、服部家の部下がこの門外に組屋敷を構え、四谷へと通じる甲州街道沿い一帯が旗本屋敷で固められていたことに由来するという。

麹町とは

麹町駅(こうじまちえき)は、東京都千代田区麹町三丁目にある、東京メトロ有楽町線の駅。駅北端に隣接して日本テレビ放送網麹町分室の社屋があり、本社が汐留の日本テレビタワーに移転するまでは当駅の入口が同社のテレビ番組に映ることが多かった。また、6番出入口のすぐ横はマイスタジオだったため見学客と共に駅を利用する客が出入りする姿も映っていた。かつては駅敷地内にも日本テレビ構内への出入口があり、コンコースの途中に日テレ学院の入口があった。2019年1月、番町スタジオの稼働に伴い麹町分室は閉鎖され、建物が解体されたため入口も無くなり、現在は壁面となっている。名の由来は町内に「小路(こうじ)」が多かったためという説、幕府の麹御用を務めた麹屋三四郎が住んでいたためという説もあるが、府中(ふちゅう)の国府(こくふ)を往来する国府街道の江戸における出入口であったため、つまりは国府路(こうじ)の町であったという説が有力である。